ボラ待ちやぐら

TOPICS(2016/05/25更新)
2016.05.22 【ニュース】 北國新聞・社説&コラム 

2016.05.16 【ニュース】 幸先良し 初物50匹 

2016.05.15 【ニュース】 櫓漁のボラ直売市に 



 水産庁・水産機能多面的発揮対策事業

お知らせ
当協議会のパンフレットができました。また、新企画「里海里山大冒険」では参加者を随時募集しています。下をクリックすると詳しい内容がわかります。 
当協議会パンフレット 【里海里山大冒険】参加者募集中

新崎・志ヶ浦は映画『能登の花ヨメ』のロケ地です
【四季】映画ロケと新崎・志ヶ浦の人たち

ごあいさつ
「穴水町新崎・志ヶ浦地区里海里山推進協議会」は、2009年8月に発足し、里海里山の草刈りや清掃活動など、地域住民によるボランティアで再生活動に取り組んでいます。

私たちの新崎・志ヶ浦は、内湾の奥で潮の通りが少し弱く、遠浅で、どちらの方向から風が吹いても波穏やかな海域です。かつてはフジガイなどが多く獲れましたが、近頃、その姿が見えなくなり、海藻の生育量も減り、水の透明度も悪くなったと感じています。

協議会を立ち上げて以来、種貝を放流したり、自然体験をする際のお手伝いなどの活動を始めました。私たちが海や山と触れ合っていくことで、豊かな自然を取り戻したいと考えています。(会長 岩田 正樹)
 黒鯛の里ボラ待ちやぐら



●ボラ待ちやぐらの設営

里海里山の再生活動の一環として、間伐材を利用して「ボラ待ちやぐら」の設営を計画したのは2011年3月のことでした。準備期間を経て、大変な作業でしたが、同年8月に志ヶ浦沖にボラ待ちやぐらを建てることができました。ただ、このボラ待ちやぐらは単なるモニュメントではなく、最初からボラ漁を意図していました。ボラの回遊ルートなどを考慮し、翌年11月に現在地でもある、新崎沖に移転することになり、2013年3月に設営が完了して「黒鯛の里ボラ待ちやぐら」と名付けました。

●ボラ待ちやぐらによるボラ漁、開始
当協議会がボラ漁を本格的に開始したのは、移転設営して間もない5月のことで、これは穴水町では実に14年ぶりのことでした。町のシンボルにもなっているボラ待ちやぐらは、観光用に2基建てられていましたが、実際に漁を復活したのは当協議会の「黒鯛の里ボラ待ちやぐら」のみです。最初の漁で30〜50センチのボラが約100匹獲れるという大漁≠ナした。

ボラ待ちやぐらによるボラ漁は、日本最古の漁法ともいわれる伝統的なもので、ボラの回遊ルートに網を張って、やぐらの見張り台に上ってボラが通るのをひたすら待っているという、ずいぶん悠長な漁法にも思えるかもしれませんが、臆病で神経質なボラの性質を考えると、ベストな漁法といえたのではないでしょうか。

●秘匿の銀ボラ
かつてボラは日本人にとても親しまれていたと聞きます。ただ、雑食性のボラは日本の海の汚れとともに食卓から遠ざかっていったようです。能登半島のなかでもボラを好んで食するのは穴水町に限られています。ボラは狭い範囲で回遊する習性があって、水の綺麗な穴水湾で育ったボラはずっとおいしい魚≠フ代表格でした。当協議会では「黒鯛の里ボラ待ちやぐら」で獲れたボラは希少性の高さと銀色に輝く魚体の美しさから「秘匿の銀ボラ」としてブランド化を目指しています。

●獲れたての「秘匿の銀ボラ」譲ります
毎日漁ができるわけではありませんので、かならず事前に連絡してください。
【問い合わせ先】080-3745-1784


●大相撲遠藤関の化粧まわし
大相撲で人気力士遠藤関が、入門したときに穴水町で「追手風、遠藤後援会」が発足し、関取に昇進したときには町のシンボルである「ボラ待ちやぐら」を図案化した化粧まわしが贈られました。ボラは出世魚でもあって、イナ、ボラ、トドなど成長していくに従って呼び名が変わっていきます。遠藤関は人気のみならず、もっとも将来を嘱望されている若手のひとりです。

●ボラ待ちやぐら登り体験
1889年(明治22年)に能登を訪れた天文学者パーシヴァル・ローエルは海のなかに丸太で組み合わせて作られた大きなやぐらを見て驚き、実際に見張り台まで登ってみたそうです。その場所が現在ボラ待ちやぐらが建っている新崎あたりだったのではないか、といわれています。当協議会のやぐらは、ご希望の方に実際に見張り台にのぼれるように施設されています。能登巡りの観光ルートのひとつにも組み込まれていて、訪れるお客様に新たなパワースポットとして親しまれています。
【お問い合わせ:080−3745−1784】

ボラ待ちやぐらについては「里海里山の再生活動」「ニュース」に.掲載しています。併せてご覧ください。


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